続々 気まぐれな神





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必死に走って セントラル病院に着いた頃には
ティキの息もサスガにあがっていた。
何度か大きく深呼吸を繰り返し呼吸が治まるのを待つ。

その間も ティキは色々考えてしまった。
血の海の部屋に クロスの身体が
ユルユルと沈んでいくイメージが 何度も何度も繰り返される。

ノアであった 自分からすれば
そんな情景 いくらでも見慣れていたし 特別な感情なんて
持つはずもないと思っていたのに・・・・


  クロスなんて 放っておきゃ いーじゃねーか
  何をやってるんだオレは・・・

  もう とっくに仕事の時間だ
  日頃の稼ぎを棒に振ってまで
  あんなヘンタイの事心配する必要なんて
  ないんだ


そう思っては見ても 足は帰路どころか 病院に さらに
近づこうとしている。


  何してんだよ
  オレは・・ あんな奴なんて
  ・・・どうでもいいはずだろう・・

   それに・・



このまま この格好で 病室に入れば イヤでも 目立つし
ノアの能力を無くした今の自分では壁を
擦り抜ける事は困難だった。

やっと 鼓動も安定して ティキは病院の窓を見上げた。


   コレの ドコの部屋に あいつがいるのかも
   分かりゃしないのに・・

   バカだよな・・ オレって・・・



苦笑いを浮かべながら 内ポケットを探ってタバコに火をつけた。
その手が 微かに震えているのが おかしくて
ティキは 少し声をたてて笑った。


  バカバカしい・・帰ろう・・
  どちらにせよ ココは
  オレなんかの くる所じゃないんだ


ティキは吸い始めたタバコを早々に踏み消すと踵を返して
帰路に着こうとした。
そのとき 突然自分を呼び止める声が聞こえた。


「ティキ・ミック様ですね」

もう一度 しっかり確かめるように 背後から女の声が聞こえた。








もう とうに面会時間も過ぎていた。
長く続く廊下は 無機質で 病院特有の冷たさを
醸し出していた。



  クロス・マリアン様の病室は この廊下の突当たりです。



教団のサポーター
いや

正確に言うならば クロス・マリアンの数あるスポンサーの一人。
その女性が 自分を呼び止め 頼み事があったとしても
クロスの病室を自分に教えるなんて ティキは思いもしなかった。

それでも 教えられたまま素直に ソコに向かおうとしている
自分にもあきれていた。

クロスとは 何度も肌を重ね合わせてきた。
しかし それは あくまでも いきずりの遊びのようなもので
ソコに 愛情とか言う物は存在しないはずだった。

しかし クロスから信じられないような言葉を聞いてからは
ティキは以前よりも もっとクロスを避けるようになった。
それが何故だか分からない。


   とにかく もう 二度と逢いたくない。

   そう思っていたはずなのに。


気付くとクロスの病室のドアの前に立っていた。
しばらく その前でティキは人形のようにつっ立っていた。


   あいつが・・・生きてるか
   確かめるだけだ
   何しろ 一応 オレの命の恩人なんだから
   それぐらいしたって・・・いいよな


そう無理やり納得するとドアのノブをユックリ廻した。

部屋は灯りを半分に 落としているのか仄かに明るい。
ティキは しばらく目が慣れるまで ベッドの上をジッと見ていた。

やがて 時間が経つにつれ ハッキリとベッドの中にいる人物に
焦点が合っていく。
そこにいるのは まぎれもない クロス・マリアン本人だった。

ベッドの右側には細かな医療器具が整然と並べられていた。
一目見ただけで 暗い部屋でもクロスの顔色が悪いのがわかる。

スポンサーの女性の話によると
頭に打撲傷そして肋骨が数本折れ腹には裂傷。
左肩はザックリと刺されて
右腿は幾分かの筋肉を剥ぎ取られたらしい。


    普通の人間だったら とっくに 死んでるよな
    クロスだから 助かったんだ


ティキは ゆっくり音を立てないようにクロスのベッドに近づいて
跪いて その顔を覗き込んだ。
生きているのか実感できない静けさだった。
それでもユックリと上下する胸のあたりのシーツを見てホッとする。
その途端 自分の中の緊張が溶けていくのが分かった。



「・・・ なんだ?
 オレが死んだか
 確かめに来たのか? ティキ 」


いきなり ベッドの主が話しかけた。


「な!
 ・・・お・・・起きてたのかよ!
  クロス!」

いつもの習慣でティキは 1mくらい後ろに飛びのいた。
それでも心の中に湧き上がってくる嬉しさは止まらない。


「いつAKUMAが襲ってくるのか
 分からんのに ノンビリと寝てられっかよ」

クロスは目だけをギロリとティキに向けて機嫌悪そうに答えた。


「・・・あ・・・・ その事だけど・・・」


「なんだ・・」


「あの館に ・・・ つまり こう言う時くらいスポンサー様に
 甘えてもいいんじゃないかって・・・思うんだ
 なにしろ こんな病院じゃ 結界も張れないだろうし・・
 それに出入りする人間だって すべてチェック出来る
 はずもないんだし・・・」

しだいに 声が小さくなる。
クロスがこの病院に意固地になって留まっているのは
実はティキ自身がスポンサーの館で生活しているクロスを
なじった事が原因らしかったので どうにも格好がつかない。


「フン!!!
 バカヤローが
 オレに そう言えって 頼まれたんだな?
 お前は なんのかんの言って人が良いんだから バカめ」

「バカバカ 言うなよ!
 そんな事・・
 ・・・・分かってる」

ムカムカしながらも それでも怒る気にはなれない。
口は悪いが 明らかに普段のクロスの半分も声に勢いが無いからだ。

「今・・・ド・・コ・・で・・
 何して 暮らし・・てんだ・お前・・・ハハァハァ・・」
少し話しただけでクロスの呼吸は乱れ始めた。


「もう・・話すのやめよう また明日来るから」


「・・オレ・・から  また逃げる・・気か・・ティ・・キ・・ハァハァ」


「逃げないから・・だから もう話すのよせって!」


「お前が・・・・・」
クロスが まだ何か言おうとしているのだが急に声が小さくなって
聞き取れなくなった。

慌ててティキは クロスに近寄って顔を覗き込むと
ドコにそんな力が残っていたのか唯一動かす事の出来る
右手でティキの髪の毛を押さえると その耳元で囁いた。


「・・・お前が・・・・あの 館で オレの世話をするって
 言うなら・・・行って・・やる・・」






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